人工エラで水中呼吸、現実的ではありません

人工エラをつけて人間が水中で呼吸する、といった記事を何度か目にしたのですが、それはほとんど不可能だと思えるぐらい難しいことです。理由をここにまとめます。

(2018/8/26追記:数値に間違いがあったので修正し、また分かりやすいように一部書き直しました。結論は変わりません。)

  1. 人は1分間に約10リットルの空気を呼吸します。(体重50kgの場合。DAIKIN「空気の学校」の解説より。)(当初の記事では毎分約20リットルと書いていましたが、10リットルの間違いでした。お詫びして訂正します。)
  2. 空気は1cm3の水に、最大で約0.03cm3溶解します。20℃の水なら約0.02cm3。(理科年表オフィシャルサイト「気体の水に対する溶解度」より)
  3. ですので、人工エラをつけて水中で呼吸するには、理想的な状態を仮定しても(補足説明iii)、1分間あたり約333リットルの水を処理する必要があります。
  4. それを人間が顔に装着できるような装置にすることが出来るでしょうか。仮に10cm四方(断面積が約0.01m2)の装置にすることが出来たとして、1分間あたり333リットルの水を処理するためには、装置を通過する流速は0.5m/s以上になります。(補足説明iii
  5. 2018年8月時点の競泳の世界記録を見ると(Wikipedia)、50m自由形の記録が20秒台(約2.5m/s)、1500m自由形の記録が14分台(約1.7m/s)です。ですので、この装置を使って水中で呼吸をするためには、理想的な状態を仮定しても、世界記録の1/5~1/3程度のスピードで泳ぎ続ける必要があります。(そのペースで泳いでも、1分間に呼吸する空気は約10リットルで変わらないとすれば、ですが。)
  6. また(これは明確な根拠はありませんが、エンジニアのセンスに照らして考えると)人工エラの効率が10%以上になるとは考えにくいので(補足説明iv)、装置を通過する流速を5m/s以上にする必要があると考えられます。つまり世界記録の倍以上のペースで泳ぎ続ける必要があると予想されます。現実的ではありません。
  7. もちろん、装置を大きくすれば通過流速を小さくできます。たとえば約30cm2四方(断面積が約0.1m2)の装置にすれば、通過流速を1/10にできます。ですがこの場合は、その装置の流体抵抗が大きくなるので、その抵抗に打ち克って泳ぎ続ける必要があります。(補足説明v
  8. 仮定をより現実的にして、水温を10℃、空気の取り出し効率を数%と仮定すると、上記の寸法の装置でも世界記録ペースで泳ぎ続ける必要があります。
  9. となると、必要な量の空気を水から得るには、ポンプを動かして大量の水を処理する必要があります。それも、毎分数1000リットルの水を流せる本格的なポンプです。そのポンプを動かす動力も必要です。水中でエラ呼吸する、という当初の目的とは離れた構成になってしまいますし、それだったら酸素ボンベを背負って潜る方が現実的です。(補足説明vi
  10. 以上のような説明をすると、では魚はどうして水中で生きていられるのか、と聞かれます。理由はぱっと思いつくものだけでも3つ挙げられます。
    1. 魚は人間ほど、酸素を必要としない。そもそもほとんど空気がない場所で生息していること、脳が小さいことなどから容易に推測できます。(補足説明vii
    2. 魚は人間より効率よく泳げる。
    3. 魚のエラは、人工エラより効率がよい。魚はエラに血管が通っていて、エラから血液中に直接、酸素を取り込みます。人間が使うための人工エラは空気を気体の状態で水から抽出するので、魚のエラよりも非効率です。

思いつくところを説明してみました。参考になれば幸いです。

以下、補足説明です。

  1. 理想的な状態を仮定するとは、空気が水に最大溶解度(0.03cm3。ちなみにこれは0℃のときの値で、温度が上がると溶解度は下がります)まで溶けていて、かつ、その空気を100%取り出すことが出来る、という仮定です。
  2. 水面近くでは、空気が水に最大溶解度近くまで溶けているという仮定は合理的です。しかしその空気を100%取り出すことが出来ると仮定するのには無理があります。このことは6.で説明します。
  3. 333 l/min.÷0.01 m/s≒5.55×10-3 m3/s÷0.01 m/s=0.555 m/s
  4. 水の中に溶け込んでいる空気を取り出すには、圧力を下げて空気を抜き出すか、高温にして溶解度を下げて取り出します。前者は真空ポンプなど、大がかりな脱気装置が必要です。後者は100℃まで水温を上げても6割程度しか取り出せません。(理科年表オフィシャルサイト「気体の水に対する溶解度」より。0℃と100℃の水の溶解度の差の分だけ空気が出てくる。)人工エラの空気取り出し効率がこれより優れているとは考えにくく、むしろ低いと予想されます。溶存空気の10%も取り出せればいいほうなのではないか、というのが金野の感覚です。
  5. 「水は装置を通り過ぎるだけだから、流体抵抗はとても小さいのでは?」と考える方もいるかと思います。その場合は空気の取り出し効率が非常に低くなるはずです。水をしっかり処理する(多くの空気を取り出す)ためには水と装置が長い時間接触している必要があり、抵抗を小さくするのは困難です。
  6. 人工エラの可能性として示されているものの多くは、水分子より小さくて空気だけを通すような微細な穴が空いている膜を使い、空気を取り出します。専門的な話になりますが、このような膜を使ってまとまった量の空気を水から取り出すためには、大量の水に大きな圧力差をかけて処理する必要があり、また時間もかかります。人間が背負って泳げるような小型の装置にするのは非現実的です。具体的な数値で示すことは出来ませんが、金野の間隔に照らすと、人間ひとりが呼吸できる量の空気を水から取り出すことの出来る装置を、もし四畳半の部屋に収まるサイズに作ることができたら、非常にコンパクトだと主張してよいでしょう。
  7. 論文「魚類の酸素消費量について」には83cc/hr/kgという数値が示されていますので、計算しやすいように約100cc/hr/kgとすると、重量50kgだったら1時間あたり5リットルの酸素を消費します。人間は毎分20リットル呼吸し、空気の1/5が酸素なので、酸素の量だと毎分約4リットル≒1時間あたり240リットルです。単純比較すると、魚は人間の約50分の1の酸素しか必要としないことになります。実際には人間は吸い込んだ空気中の酸素を全部消費するわけではないので、差はもっと小さいと思われますが、それでも魚よりは多いでしょう。
  8. ここまでは流体力学的な観点からの説明のみをしてきましたが、生理学的にも問題があります。たとえば、水には酸素が窒素より溶けやすいので、酸素濃度の高い空気が取り出されるため、酸素中毒(Wikipedia)の危険性があります。

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